大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

松山地方裁判所 昭和40年(行ウ)8号 判決 1973年3月29日

原告 片山又夫 外一名

被告 清水馨

主文

被告は訴外普通地方公共団体三瓶町に対し金二三七万五、七六四円を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告ら

主文同旨

二、被告

1、本案前の申立

原告らの訴を却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

2、本案についての申立

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二、当事者双方の主張

一、被告の本案前の主張(適法な監査の不存在)

1、原告らの本件に関する監査請求は昭和四〇年五月三〇日に監査委員により受理された。

2、原告らの主張する違法な行為とは、被告が昭和三五年九月一〇日から昭和三九年九月九日までの間に金二三七万五、七六四円につき予算に基かない違法支出をなし、三瓶町に同額の損害を与えたというにある。

3、しかしながら地方自治法(昭和三八年六月八日法律第九九号により改正のもの、以下同法を単に新法という)第二四二条第二項によれば、右第二四二条第一項の規定による監査請求は当該行為のあつた日から一年を経過したときはこれをすることが出来ない旨定められている。そして昭和三八年六月八日法律第九九号の附則第一一条によれば、右第二四二条第二項の期間は右新法施行の日から起算するとされ、右新法施行の日は同附則第一条により昭和三九年四月一日である。

4、よつて原告らの監査請求のうち昭和三五年九月一〇日から昭和三九年五月二九日までの部分は新法第二四二条第二項の一年の期間を経過した後に請求されたものであるから不適法である。監査請求がかくの如く不適法である以上たとえ監査委員の監査が行われたとしても適法な監査を経由したことにはならないので、右不適法な監査請求を前置とする本訴もまた不適法であつて却下を免れない。

5、原告らの主張の「正当の理由」の存在を否認する。

二、被告の本案前の主張に対する原告らの認否および主張(「正当な理由」の存在)

1、被告主張1、2、3、および4のうち本件監査請求のうち昭和三五年九月一〇日より昭和三九年五月二九日までの部分は新法第二四二条第二項の一年を経過した後に請求されたものであることは認める。

2、被告は監査請求が不適法である旨主張するが、監査委員がこれを受理していることからも明らかなように本訴における予算外支出は原告らが監査請求をした昭和四〇年五月当時になつてはじめてその事実が発覚するに至つたのである。それは「交際費」という名の町執行部および一部議員の飲食費、上級官庁公務員に対する理由なき接待費のために予算外支出を行つていたものであり、町民への発覚をおそれた被告を始めとする執行部が巧妙な陰蔽工作を行つたことによる。

そうだとすると、原告らが昭和四〇年五月になつて右事実を探知し直ちに監査請求をしたことは新法第二四二条第二項但書の「正当な理由」がある場合に該当するというべきである。

よつて被告の本案前の抗弁は理由がない。

三、原告の請求原因

(一)  主位的請求原因(新法第二四二条の二第一項第四号に基づく請求原因)

1、原告らは愛媛県西宇和郡三瓶町の住民であり、被告は昭和三五年九月一〇日から昭和三九年九月九日まで右三瓶町長の地位にあつたものである。

2、被告の前任者たる三瓶町長は昭和三二年度から昭和三四年度までの間に金二〇四万九、二六〇円の、被告は町長に在任中の昭和三五年九月一〇日から昭和三九年九月九日までの間に金二三七万五、七六四円の通算合計金四四九万四、三四〇円につき交際費として予算に基づかない違法支出をなし、三瓶町に同額の損害を与えた。

3、原告らは右支出の事実を確認したので、昭和四〇年五月三〇日新法第二四二条第一項に基づき損害補填のため必要な措置を求めて住民監査請求をした。

4、三瓶町監査委員訴外三好昇、同田中穣は原告らの請求が理由あることを認め、三瓶町議会および当時の三瓶町長訴外畠山秀雄に対し、すみやかに所要予算の追認ならびに予算措置および正当な支出手続を講ずるよう勧告した旨を同年七月二七日に原告らに通知した。ただし支出額は原告らの主張が昭和三五年九月から昭和三九年八月までに金五〇二万七、三〇七円の違法支出があつたというのに対し、右監査の結果は前記2記載の支出額を内容とするものであつた。

5、当時の三瓶町長訴外畠山秀雄は右監査委員の勘告に従い、昭和四〇年七月二一日議案第一九九号をもつて昭和四〇年度三瓶町一般会計補正予算を計上提案したが、その歳出補正において補正額四四九万五、〇〇〇円を組入れ、右補正予算は同日議決され、翌七月二二日に執行された。

6、しかしながら、右訴外監査委員および訴外三瓶町長畠山秀雄の右措置は予算外の違法な支出による損害を補正予算の形式で補填したもので許され得ない措置である。従つて被告が三瓶町長在任当時前記違法な予算外の支出をしたことにより三瓶町に与えた損害について未だ損害は補填されたといえず被告はその賠償の責を負わねばならない。

被告は右補正予算の議決およびその執行により被告のなした支出の違法性は治癒されたと主張するがそれは不当である。

何故なら予算は一会計年度における歳出歳入の見積を内容として自主法として制定されるもので地方公共団体は予算に従つた支出をなすべき拘束を受けるはずのものである。新法第二〇八条によれば地方公共団体の会計年度は毎年四月一日に始まり翌年の三月三一日に終るものとされ、新法第二二〇条によれば地方公共団体の長は政令で定める基準に従つて予算執行に関する手続を定め、これに従い予算を執行すべきこと、および歳出予算の経費の金額は各款の間または各項の間において相互に流用することはできぬことが規定されている。本件の支出は雑支出項における交際費である。だからこの支出により他の予算項目は予算に従つた支出が不可能となつたはずであり、右新法第二二〇条の禁止している各項相互の流用が行われたのか、さもなければその他の違法による予算執行が行われたものである。そして、こうした過年度の違法支出を補正予算形式で補填することは許されない(新法第一一八条、同第二二〇条第三項、新法施行令第一四八条、第一六〇条)。もし過年度の予算についての補正を認めるとすれば、それは国その他の地方自治体の財政制度の根本的破壊をもたらすことは明らかでありそれは禁止されているのである。

7、原告は新法第二四二条ないし第二四二条の二の規定の立法的由来並びに条文の内容を検討するときは特別権力関係において派生する特殊な法律関係の是正につき住民に訴権を付与すると同時に有責職員に対する直接の請求権も同時に規定したものと解釈するので、本訴第一次的請求原因を新法第二四二条の二第一項第四号によるものとする。

なお新法第二四二条の二と新法二四三条の二との関係を述べるなら、前者は自治体の不正を住民の不断の監視という側面からの是正をしようとするものであり、後者は自治体が自主的に内部的な矛盾不正を処理していく際の手続規定とみるべきである。

そして新法第二四二条の二の出訴の手続要件として新法第二四三条の二の手続が必要であるという規定もない。従つて被告のいうような新法二四二条の二が新法第二四三条の二を前提としているという見解には反対する。また仮に被告の主張どおりとしても、被告の自認するとおり右新法第二四三の二の適用は昭和三九年四月一日以前の支出については問題とならない。

(二)  予備的請求原因(新法第二四二条の二第一項第四号と民法第七〇九条に基づく請求原因)

1、被告は前記町長在任中予算外の支出をなして訴外三瓶町に二三七万五、七六四円の損害を与えたが、これは被告の故意(過失)に基づくものであることは明らかである。

2、従つて仮に被告の主張するように新法第二四二条の二第一項第四号の前提となる請求権の性格は民法上のそれであるとしても被告の行為は民法第七〇九条の不法行為に該当するもので原告らは予備的にこれを主張する。

四、請求原因に対する認否および被告の主張

1、請求原因(一)1は認める。

2、同(一)2につき合計金四四九万四、三四〇円の予算外の支出が行われたこと、被告のみをとればその町長在任中金二三七万五、七六四円の予算外支出があつたことは認める。

被告は町長として支出命令をしたもので、その命令は昭和三五年九月一〇日から昭和三九年三月三一日までの間である。

3、同(一)3、4、5は認め同(一)、6、7は争う。

4、(法律上の主張―新法第二四二条の二のみからは請求権は発生しない)

(1) 新法第二四二条の二第一項第四号の規定による損害賠償は普通地方公共団体に代位して行うものである。これは普通地方公共団体がその職員に対して実体法による損害賠償請求権を有する際に、住民が地方公共団体に代位して右請求権を行使し得る資格あるいは権能を認めたにすぎない。新法二四二条の二第一項第四号により直ちに住民が職員に対し損害賠償請求権を取得するものではない。

(2) その実体法上の損害賠償請求権は民法および地方自治法の定めるところによるものというべきである。

そして新法第二四三条の二の規定は昭和三八年法律第九九号により全文改正が行われたが、同法律附則第一条により同条の施行は昭和三九年四月一日であり、右附則第一二条によればこの法律施行前の事実に基づく地方公共団体の職員の賠償責任については新法第二四三条の二の規定にかかわらずなお従前の例によるものとされている。従つて本件について言えば、昭和三九年四月一日以降の支出(但し被告は右四月一日以降の支出を否認している。)については新法第二四三条の二の適用が問題となり、昭和三九年三月三一日までの事実については民法の不法行為責任の有無が問題となるというべきである。

(3) そして新法第二四三条の二の規定の適用がある場合については、住民は地方公共団体の長が同条により賠償責任を負うべき職員に対して賠償を命じないときは、長の怠る事実について監査請求を行い、その結果等について不服があるときは新法第二四二条の二第一項第三号により怠る事実の違法確認の請求を行い長に賠償命令の実行を促すべきものである。そして新法第二四二条の二が賠償に関し一連の手続を定めていることにかんがみ、これを履まなければならないと解すべきであるから、その手続をしていない本件請求は許されないと解すべきである。

(4) 職員が民法上の不法行為責任を負うべき場合については後述する。

(5) とにかく実体法上の損害賠償責任を前提とせずに新法第二四二条の二第一項第四号のみを根拠としては職員に対する損害賠償責任は認められないので右主張のない原告らの本位的請求は棄却されるべきである。

5、予備的請求原因(二)1につき被告が予算外の支出命令をしたことが認められるが、これは違法であるとの点および被告が町に損害を与えたとの点は否認する。(なお民法の不法行為が適用されるのは被告の見解によれば昭和三九年三月三一日以前の行為である。)

6、三瓶町は昭和三二年度から昭和三八年度において累積赤字の解消のため地方財政再建促進特別措置法の適用を受けており、予算につき国および県の行政指導を受ける立場にあつたので交際費の額については自由な計上が困難な立場にあつた。しかし町の行政の運営上必要な交際費は右制限にかかわらず支出を余儀なくされるので、町長は必要なものについては歳出予算額をこえて支出命令を出さざるを得なかつたから、予算外の交際費の支出を不適法とする実質的な理由は存しなかつたのである。そのうえ再建促進特別措置は予定どおり完了したのである。必要な経費を支出したものであるから実質的な違法性はなく、また損益相殺により損害は発生していない。

民法の不法行為における違法性と支出関係の法令違反の意味の違法とは同一の意義ではない。支出関係の法令に違反することが直ちに民法の不法行為という違法にあたるものではない。

監査員の監査においても「公的な交際費として支出したものであり適正と認められる」とされ、ただ「予算措置を怠つていたことは甚だ遺感であり」と述べられているのである。

7、(違法性の治癒)

(1) 仮に被告の支出命令が違法であるとしても、町議会は昭和四〇年七月二一日昭和四〇年度の補正予算の議決に際し過年度支出の交際費として歳出を議決し、この予算に基づいて七月二二日に過年度分町長交際費として支出が行われた。こうした事後の予算議決により、債務の負担および支出は違法性が治癒されたと考えるべきである。また予算に計上されていない支出がそのこと自体において不法行為に該るものとしても、事後議会においてそれを容認する趣旨の議決があれば、地方自治法の予算関係法令に違背する点について治癒されるかどうかに別としても、不法行為における違法性は治癒ないし消滅するものと解される。予算外ということは議会を経ないという点においてのみ違法性があるのであるから、この点につき後に議会の議決が得られればこの点についての瑕疵は治癒されるものと解するのが相当である。

五、被告の抗弁

1、(除斥期間あるいは消滅時効の援用)

(1) 前記のとおり昭和三九年三月三一日までの行為については民法上の不法行為責任の有無が問題とされ得る。しかし職員が民法上の不法行為責任を負うべき場合でも新設された新法第二四三条の二の規定の趣旨をしんしやくすべきである。(同条九項は民法上の賠償責任の規定を排除している。)そして同条三項但書によれば事実発生の日から三年の除斥期間が定められているので、民法上の不法行為責任についても三年の除斥期間とするのが妥当である。仮にそう解し得ないとしても、民法第七二四条には損害を知りたる時より三年の消滅時効を定めているので、三瓶町は支出のあつた日に損害の発生を知つているものである。そして被告に対する訴の提起は本訴における被告変更の許可決定の日すなわち昭和四二年八月一二日である。従つて昭和三九年八月一一日以降の行為による賠償義務は、三年の除斥期間または消滅時効期間の経過により消滅したものである。

(2) なお、原告らの監査請求は賠償義務者に対する権利主体者(三瓶町)の権利内容そのものの主張ではないから、時効中断の効力はない。また被告の変更許可による期間の宥怒は出訴期間の遵守についてのみ(行政事件訴訟法第一五条第三項)であつて、時効中断の関係では変更の許可決定の時をもつて訴の提起と認むべきである。

(3) 原告らの後記消滅時効の見解中被告の後継町長が監査結果を了知したのは昭和四〇年七月一七日である事実は認める。

2、(責任の軽減の主張)

(1) 前記のとおり民法上の不法行為責任を負う場合でも新法第二四三条の二の規定の趣旨を斟酌すべきである。そうすると、同条第二項によれば損害が二人以上の職員によつて生じた時はそれぞれの職分に応じ、かつ発生原因の程度に応じて賠償の責に任ずるとされている。

(2) 支出命令については、収入役が、新法第二三二条の四第二項により確認の義務があり、予算にない費目の支払をすることが違法であるとすれば、収入役にも責任が生じる。従つてその分だけ被告の責任は軽減されるべきである。

六、抗弁の認否および原告らの主張

1、抗弁1(1)(2)につき、被告変更の許可決定が昭和四二年八月一二日にあつたことは認めるがその余は争う。除斥期間の適用はない。また形式上はなるほど被告は三瓶町の代表者であつたが、自ら違法行為をしていたものであるから、被告の了知は三瓶町の事実認識とは同視し難く、時効の起算点は結局原告らの監査請求によつて後継代表者が監査手続を経て正式にこれを了知したとき(昭和四〇年七月一七日)と解すべきである。従つて消滅時効の完成はない。

2、抗弁2(1)(2)について、予算外支出が被告の支出命令とこれに基づく収入役の支払によつて行われたのは事実であるが、収入役の命令服従行為があつたことをもつて、被告の責任が軽減される理由はない。勿論収入役も責任を免れるところではないが、自治体の最高責任者である被告の支出命令がなければ、本件予算外支出の起りようはなかつたからである。

第三、証拠<省略>

理由

一、本案前の抗弁について判断する。

1、原告らの本件監査請求が昭和四〇年五月三〇日になされたこと、原告らの右監査請求のうち昭和三五年九月一〇日から昭和三九年五月二九日までの部分は新法第二四二条第一項所定の一年を経過した後になされていることは当事者間に争いがない。

2、そこで原告らは一年以内に監査請求ができなかつた「正当の理由」が存在すると主張するので判断する。

原本の存在およびその成立に争いのない乙第一号証、証人田中穣、同堀内秋長、同土居精一の各証言ならびに原告片山又夫同菊池善哉の各本人尋問の結果を総合すると、三瓶町は昭和三二年度から昭和三八年度まで累積赤字解消のため地方財政再建促進特別措置法の適用を受け、予算につき国および県の行政指導を受ける立場にあつたのであるが、被告は本件予算外支出につき国および県或いは三瓶町議会に報告せず、町執行部以外の者に明らかにしなかつたので、予算外支出行為は何ら問題にされることなく、三瓶町議会も昭和三二年度から昭和三八年度の歳入歳出予算および決算を認めてきたこと、しかるに昭和三九年九月の町長選挙のころから同年末にかけて町長選挙に立候補し当選した畠山町長が以前(昭和三二年から昭和三四年まで)町長をしていた時代に予算の使い込みをやつたとの噂が流れ出したので、町議会の有力議員が調査したところ、被告が町長在任中(昭和三五年九月から昭和三九年九月まで)に交際費として予算外支出を行つていたことが判明し、一部町会議員も右事実を知るに至つたこと、原告らは同年末に石峰繁幸町会議員から畠山町長および被告町長の在任中合計八百万円余りの予算外支出の交際費があつたことを聞き、監査請求しようとしたが、地方自治法を調査した結果監査請求をするには事実証明が必要であることが判明したので、是非公けに出来る資料が欲しいと思つていたところ、昭和四〇年二月一八日同町の井上武蔵宅で畠山町長と大塚孫清町会議員と原告らが集まつた際原告らの質問に対し被告が町長在任中五〇二万七、三〇七円の予算外支出の交際費があつたことを大塚議員が認めたので、原告らは同年五月三〇日右事実を書面にして本件監査請求に及んだものであること、が認められ、右認定に反する証拠はない。

3、右認定事実および当事者間に争いのない事実によれば、被告の本件予算外支出(交際費)は極めて内密に行われ、その最終行為が終つて一年以上も経過した昭和三九年一二月頃に三瓶町の有力町会議員によつて予算外支出の具体的な事実が発覚し、原告らもその頃右予算外支出の話を聞き、それから一年以内である昭和四〇年五月三〇日に監査請求をしたのであるから、被告が予算外支出をした時から一年以内に監査請求できなかつた「正当な理由」があるものと認めるべきである。したがつて、被告の本案前の抗弁は採用し得ない。

二、原告らの主位的請求原因について判断する。

原告らは新法第二四二条の二第一項第四号により直ちに住民が有責職員に対し損害賠償請求権を行使できると主張する。しかし右条項には「普通地方公共団体に代位して行う当該職員に対する損害賠償の請求」と規定されているとおり、同条項に基づく住民の損害賠償請求は、普通地方公共団体が実体法上有する損害賠償請求権を住民が普通地方公共団体に代位して請求するものであり、右規定は住民が地方公共団体に代位して右請求権を行使し得る資格ないし権能を認めたものにすぎない。(いわゆる「代位請求」と呼ばれるものである。)よつて、原告らの主位的請求原因はその余の判断をするまでもなく失当である。

三、原告らの予備的請求原因について判断する。

1、原告らは愛媛県西宇和郡三瓶町の住民であり、被告は昭和三五年九月一〇日から昭和三九年九月九日まで右三瓶町長の地位にあつたものであること、および被告が町長時代二三七万五、七六四円の予算に基づかない交際費を支出したことは当事者間に争いがない。

2、原本の存在およびその成立に争いのない甲第四ないし第七号証、乙第二、第三号証、証人田中穣、同堀内秋良、同土居精一の各証言によれば、

<1>、右予算外支出は被告が町長に就任した昭和三五年九月一〇日から地方財政再建促進特別措置法の適用を受け終つた昭和三八年三月三一日までの間になされたこと、<2>、当時三瓶町の予算で交際費は昭和三五年頃で五、六〇万円、昭和三八年頃で一〇〇万円足らずであつたが、右予算外支出は予算化された交際費をすべて支出してまだ足りなかつた部分であつたこと、<3>、被告は<2>の事実をよく知つていたので支出命令書には当然記入すべき「款・項・目・節」の欄は白紙で命令していたこと、<4>、右予算外支出金は主として三瓶町の港湾の改修工事や埋立工事を視察に来る上級官庁の国や県の職員の接待費に費消され、金融機関からの一時借入によつて賄つていたこと、以上の事実が認められ右認定に反する証拠はない。

3、(本件予算外支出の違法性)被告は本件予算外支出は町の行政の運営上必要かつ適正な交際費であるから、不法行為における実質的違法性はなく、単に支出関係の法令違反にすぎないと主張する。しかしながら、地方公共団体はその主要な財源を住民の租税に依存するものであるから、一会計年度の財政運営の基礎をなす歳出予算が議会で議決されると、歳出予算はたんなる支出の見積表ではなく、歳出の予定準則として、地方公共団体の執行機関に対して歳出予算の定める支出の目的・金額・時期において、その財務行為を拘束するのであり、本件のように交際費は、予算科目に組まれていたがもはや支出すべき金額がなくなつた場合は予備費の充用(旧法二三七条)または当該年度における補正予算の議決を経るなどの会計手続を経て支出するほかないところ、本件は右何らの会計手続をとることなく、金銭を支出したのであるから違法であること明白である。仮に、三瓶町のために必要な支出であつたとしても、地方財政再建促進特別措置法の適用を受けていた趣旨にも反し、地方財政の健全な運営を阻害する重大な違法でもあり、純然たる支出関係の手続違背にすぎないと言うことは出来ない。

4、(損害について)右の如き違法な支出命令により二三七万五、七六四円の支出行為があつた以上三瓶町に同額の損害が発生したと推定すべきところ、本件の予算外支出行為により三瓶町はなんらか当然支出すべきものを免れ、あるいは反対になんらかの利益を得ているといつた損益相殺の具体的立証もないから、三瓶町は右金額の損害を受けたものと認めるべきである。

5、以上1、2、3、4のとおり、被告は故意に違法な予算外の交際費を支出したことにより、三瓶町に二三七万五、七六四円の損害を与えたものというべきである。

四、(被告の違法性の治癒の主張について)三瓶町監査委員訴外三好昇、同田中穣は原告らの請求が理由あることを認め、三瓶町議会および当時の三瓶町長畠山秀雄に対しすみやかに予算外の違法支出金四四九万四、三四〇円を追認し、その予算措置および正当な支出手続を講ずることを勧告したこと、および畠山町長は右監査委員の勧告に従い昭和四〇年七月二一日町議会に対し過年度分交際費として四四九万四、三四〇円を予算化した昭和四〇年度三瓶町一般会計補正予算を計上提案し、右補正予算は同日議決され、翌七月二二日過年度分町長交際費として四四九万四、三四〇円が支出されたことにしたことは当事者間に争いがない。被告は予算外支出の違法は議会の議決を経ていない点に違法があるのであるから、その後昭和四〇年度の補正予算で予算外支出を過年度支出の交際費として歳出を議決したことにより、予算外支出の違法性は治癒されたと主張する。そこで予算外支出の過年度分交際費を補正予算形式で予算措置をすることの適否について判断する。

地方自治法(昭和三八年六月八日法律第九九号の改正前のもの―以下旧法という)は地方財政の健全な運営をはかる一手段として歳入歳出の計算にしめくくりをつけて会計経理を明確にするため、会計年度およびその独立の原則を定め、当該年度の歳出は、当該年度の歳入をもつて賄い、又当該年度中においてのみ執行し得ることとした(旧法第二三四条地方自治法施行令(昭和三八年政令三〇六号による改正前のもの―以下旧施行令という)第一四四条参照)。そして右原則を極端に適用すると実際の財政運営に適合しない場合を生じるので例外として継続費の逓次繰越(旧法第二三六条、旧施行令第一五六条)繰越使用(旧法第二三六条の二)、過年度収入および過年度支出(旧施行令第一五五条)、前年度剰余金の繰入(旧施行令第一四七条)および翌年度歳入の繰上充用(旧施行令第一六三条)の措置が認められているのである。(ちなみに例外として認められている過年度支出は既往年度所属の経費が債権者から請求されないことなどの事由により支出に至らなかつた場合において現年度予算をもつて支出することを言うのであつて、本件の如く既往年度においてすでに支出のあつたものについて過年度支出の予算措置をとることは許されない。)そして、補正予算は既定の予算に追加その他変更を加える必要が生じたときに作成出来るものであるが、右独立の原則にかんがみ、会計年度経過後においては、これを変更するため補正予算を作成することができないものである。(旧施行令第一六〇条)しかるに本件補正予算は過年度(昭和三五年度から昭和三八年度まで)においてすでに支出されている交際費を昭和四〇年度において補正したというのであるから、旧法第二三四条旧施行令第一四八条に違反した違法な補正予算というべきである。

よつて違法な補正予算措置(違法な補正予算案に対し議会の議決があつたとしてもその議決自体が違法であつて、これによつて適法なる補正予算となるものではない)により被告の予算外違法支出が治癒されることはない。

五、(除斥期間の主張について)被告は職員が民法上の不法行為責任を負うべき場合でも、昭和三八年法律第九九号により新設された新法第二四三条の二第三項但書の規定の趣旨を斟酌して事実発生の日から三年の除斥期間を適用すべきであると主張するが、新法附則第一二条によれば「この法律の施行(昭和三九年四月一日)前の事実に基づく地方公共団体の職員の賠償責任については新法第二四三条の二の規定にかかわらずなお従前の例による」とあり、新法第二四三条の二の規定で新設された三年間の除斥期間は適用されないこと明らかであるから、被告の右主張は採用できない。

六、(消滅時効の主張について)被告は町長として自分自身の不法行為はよく知つていたのであるから三瓶町は予算外支出の不法行為のあつた日と同じ日に同町に損害が発生したことを知つていたものであり、したがつて、被告の不法行為責任は原告が三瓶町に代位して被告に訴を提起した昭和四二年八月一二日までに三年の消滅時効が完成しているので、その援用により消滅したと主張する。しかしながら、被告と三瓶町はまさに被告の不法行為責任の有無、程度をめぐつて利益相反する場合であるから、被告に三瓶町を代表して被告自身に不法行為責任を追求する権利を認めることは妥当ではなく、法人とその代表者とが利益相反する場合、その代表者に利益相反する部分につき代表権限を有しないものとした民法第五七条の規定は、すべての団体に適用できる一般原則と認められるから、同条を類推適用して、被告には町長時代三瓶町を代表して被告個人に不法行為責任を追求する権限を有しなかつたものと言うべく、かかる場合には、その不法行為者である被告に代り町を代表してその不法行為責任を追求し得べき者がその不法行為のあつたことを知つた時から消滅時効期間が進行すべきものと解するを相当とする。

そうすると、被告が自己の右不法行為を知つていたとしても消滅時効はこれによりてその進行を開始するものではない。また証人土居精一の証言によれば、予算外支出による接待の会合には町長、助役、収入役、担当課長が町役場側を代表して出席し、町長を代理する助役も被告の本件不法行為に加担していたことが認められ、右認定に反する証拠もないから、助役にも利益相反行為として三瓶町を代表して被告の不法行為責任を追求する権限はない。そして、その他に右不法行為当時三瓶町を代表して被告の不法行為責任を追求し得る者が本件予算外支出を知つていたとの点につき主張、立証がないから、結局前記一、2に認定したとおり、被告の後継町長である畠山町長が右予算外支出を知つたときからその消滅時効期間が進行するものというべく、同町長が就任後早くとも昭和四〇年二月一八日大塚議員からの話で初めて被告の右不法行為を知つたものと認められるので、原告らが被告に訴訟を提起したことになる、被告変更の許可決定の日である昭和四二年八月一二日までには三年の消滅時効の完成はないものと言わなければならない。

七、(責任軽減の主張について)被告は不法行為責任を負う場合でも新設された新法第二四三条の二の規定を斟酌して収入役の責任だけ被告の責任を軽減すべきことを主張するが、前記五で判断したとおり、新法第二四三条の二の規定は適用がないから右主張は採用できない。

八、以上のとおりであるから被告が三瓶町に対し二三七万五、七六四円を支払うように求めた原告らの本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 秋山正雄 梶本俊明 馬淵勉)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例